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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)560号 判決 1985年3月28日

上告人

堀武

外二七名

右二八名訴訟代理人

今井敬弥

近藤正道

松井道夫

竹沢哲夫

高橋利明

中村洋二郎

川村正敏

渡辺隆夫

今井誠

馬場泰

五百蔵洋一

被上告人

右代表者法務大臣

嶋崎均

右当事者間の東京高等裁判所昭和五〇年(ネ)第一六六一号、第二〇二一号損害賠償請求事件について、同裁判所が昭和五六年一〇月二一日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人今井敬弥、同高橋利明、同渡辺隆夫、同馬場泰、同松井道夫、同竹沢哲夫、同中村洋二郎、同川村正敏、同今井誠、同近藤正道、同五百蔵洋一の上告理由中、加治川の昭和二七年改修計画の未達成に関する原審の判断の違法をいう点について

所論は、要するに、国家賠償法二条一項による責任は、営造物が道路であると河川であるとを問わず、客観的に当該営造物が通常有すべき安全性を欠如しているかどうかを基準として判断されるべきであるにかかわらず、河川の改修工事が、河川改修の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約によつて着手できず、又は遅延している場合においては、当時の河川管理の一般水準及び社会通念に照らして是認されるものである限り河川管理者において管理義務を尽くしたものと解するのが相当であるとした原審の判断には、同条の解釈を誤つた違法がある、というのである。

しかしながら、河川の管理についての瑕疵の有無は、道路その他の人工公物の管理の場合とは異なり、過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情を総合的に考慮し、河川管理における財政的、技術的及び社会的諸制約のもとでの同種・同規模の河川の管理の一般水準及び社会通念に照らして是認しうる安全性を備えていると認められるかどうかを基準として判断すべきであると解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第四九二号、第四九三号、第四九四号同五九年一月二六日第一小法廷判決・民集三八巻二号五三頁参照)。

本件においてこれをみるに、原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1水害の続出していた加治川本川の姫田川合流点の下流は、大正六年真野原外新田地内から次第浜に至る約4.9キロメートルの区間の分水路工事が完成し、更に、昭和四年姫田川合流点から洗堰までの6.5キロメートルの区間につき河積拡大及び築堤の改修工事を終了した結果、災害のない安定した区域となつた。

2しかし、姫田川合流点の上流の加治川本川では小氾濫が繰り返されており、また、姫田川合流点から洗堰までの前記区間も、その後の降雨状況等により河積の拡大、堤防の補強等新たな改修をする必要が生じた。そこで、新潟県土木部は、昭和二七年、赤谷観測所における大正九年以降の最大雨量を超える計画日雨量二〇〇ミリメートルを基本として、計画高水流量を、姫田川合流点の下流で毎秒二〇〇〇立方メートル、上流で毎秒一二〇〇立方メートルとそれぞれ定め、これに基づき加治川全般にわたる改修全体計画を策定した。

3昭和四一年七月一七日、新潟県下越地方は豪雨に襲われ、各地の河川で堤防が決壊し、加治川の本川においても向中条、西名柄地区の大湾曲部及び下高関地区の水衝部を含む合計九か所にわたり堤防が決壊した(この災害が、七・一七洪水と呼ばれているものである。)。

4七・一七洪水当時、昭和二七年改修計画に基づく加治川本川の改修は、姫田川合流点からその上流の岡田までの区間については河積の拡大等が計画・実施されていたが、姫田川合流点から洗堰までの前記区間については、河床の掘り下げ、洗堰の切り下げによる天井川の解消を図る計画が立てられていたものの、同所には河水の農業用樋管があるため、河床を掘り下げるには附帯工事として予め用水施設を完成させておかなければならなかつたところ、これには多額の費用を必要とし、かつ、当時農林省が上流の内の倉川に利水ダムを建設し、姫田川合流点の下流に第一、第二統合頭首工を作り、農業用水の総合利用施設を設置する計画を立てていたので、右区間については、中洲の発達した部分を掘削し、堤防を補強する程度の工事が実施されただけで、天井川の解消を図る抜本的改修工事が着手されるに至らず、右区間の流下能力は毎秒約一六〇〇立方メートルとなつていたにすぎなかつた。

5新潟県における中小河川の改修事業費は、全国的にみれば高順位にあつたが、河川改修予算が災害河川に対して優先的かつ重点的に配分されていたため、昭和四年以降顕著な災害を受けていなかつた加治川に対する政修事業費の割当額は、他の中小河川と比較して、昭和二七年から昭和三五年ころまでは下位にあつたものの、昭和三六年ころから昭和四〇年ころにかけては中位又は中位の上に増額され、結局、昭和二七年から昭和四一年までの間に加治川に対する改修工事のために支出された総事業費は約三億七五〇〇万円となつている。

右事実関係のもとにおいては、加治川本川の姫田川合流点の下流は昭和二七年改修計画を速やかに実現しなければならない危険な状況にあつたものとはいえず、また、右改修計画を実現するために解決しておくべき利水対策を早期に講ずることが容易でなかつたうえ、加治川全般ないし加治川本川の姫田川合流点の下流の改修に対する財政的措置が他と比較して不十分であつたとすることもできないから、向中条、西名柄地区の所在する姫田川合流点の下流の計画高水流量を毎秒二〇〇〇立方メートルとして策定された昭和二七年改修計画が七・一七洪水時までに達成されていなかつたからといつて、河川の有すべき前記安全性を備えていないということはできないものというべきである。これと同趣旨に立つて、右計画未達成につき河川管理の瑕疵があつたと認めるのは相当でないとした原審の判断は、正当であり、その過程に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は前提を欠く。論旨は、採用することができない。

同上告理由中、仮堤防の断面・構造の安全性に関する原審の判断の違法をいう点について

原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1七・一七洪水は、在来河道の流下能力の限度をはるかに超える規模のものであつたため、新潟県土木部は、在来堤防の部分的な改築、補強等によつては将来この程度の規模の洪水に対処することが不可能であるから、加治川全般にわたつて河幅を広げ、河床を下げて河積を拡大し、ことに向中条、西名柄地区の大湾曲部については、第一審判決添付の図2―19(A)記載のとおり在来河道を直線距離で約一〇〇〇メートルにわたりショートカットする等の抜本的対策を立てることが必要であるとの判断に達した。ところが、右ショートカット工事を完成させるためには、新河道予定地の中央にある西名柄部落(四四戸一五四棟)を早急に移転させたうえで新河道の掘削工事と新堤防の築造工事を実施しなければならず、その工事期間として約二年間を必要とすることが見込まれた。そこで、新潟県土木部は、右工事期間中である昭和四一年の出水期の後半と昭和四二年の全出水期の出水に対処することを目的として、決壊した向中条、西名柄地区の堤防(以下、「旧堤防」という。)の跡に築堤した仮締切の背後に仮堤防(以下、「本件仮堤防」という。)を設置することとした。

2本件仮堤防は、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法に基づく災害復旧事業として施工される応急工事により設置されるものであつて、次のとおりの設計に基づき、昭和四一年七月三一日から施工され、ほぼその設計どおり同年八月二〇日に完成した。すなわち、(一) 計画対象水位については、堤高を旧堤防又は在来堤防の天端と同じにすることに重点が置かれ、岡田測水所において同所の過去八年間の記録中七・一七洪水時の水位を除く最高水位4.00メートル程度の水位に至つたときの向中条、西名柄地区の水位をもつて計画対象水位と定められ、これが旧堤防又は在来堤防の天端よりほぼ一メートル下がりとされた。(二) 築堤材料については、河川工学上は、粘土と砂との割合が二対一若しくは三対一のもの又は粘土に砂一割ないし二割のものが良いとされているが、現実には、近傍から大量に採取することができる土砂を選定使用し、その土質に適合する断面・構造を考慮するのが河川工学上の通説的見解となつており、かつ、河川工事の実態であるところ、本件においては、向中条地区にあつては約二万三〇〇〇立方メートル、西名柄地区にあつては約四万四〇〇〇立方メートルの大量の盛土を必要とし、また、本件仮堤防の施工開始時期が降雨状況からみて比較的安全な時期といいながら出水期間にかかつていることから、緊急を要するため、土取場として、蓮潟、藤塚浜地区のほか、向中条、西名柄地区高水敷、五十公野、茗荷谷地区、加治川本川上流河道等が検討され、結局、土砂の採取上の補償問題、運搬上の交通障害等の難点のない蓮潟及び藤塚浜の砂丘砂が採用された。右砂丘砂は、九二パーセントの砂分を含み、現場透水係数が毎秒0.003センチメートル(在来堤防より計算上約一〇〇倍の透水性を有する。)であるが、粒径が良く揃つたものであつて、その締固め度が乾燥密度で一立方メートル当たり1.55トン前後であり、特に透水性が大きい状態ではなかつたから、築堤材料として利用できないものではなく、また、昭和三〇年代半ばから昭和五一年までに発生した破堤災害により設置された全国における仮堤防(加治川の河川規模と類似し又はこれを上回るもの)の施工事例と比較しても劣るものではなかつた。(三) 計画断面については、まず、(1)敷幅は、裏地盤高、土質、洪水の予想継続時間(一一時間と想定)等に鑑み、前面の法肩から下した垂直線より裏法尻までの水平距離を約一五メートルとされた。(2) 裏法勾配は、砂の安息角を参考にして一対1.5(垂直距離一に対して水平距離1.5を意味し、一般に単に「一割五分」と表示されている。)とされ、法面の安定のために裏小段が設けられたが、当時、裏法勾配の法的規制がなく、直轄河川でさえも二割未満のものがあつて、本件仮堤防に接続する在来堤防においては一割五分のところが多く、河川工学上、一割五分の裏法勾配が異常であるとの認識は一般的に存在しなかつた。向中条地区の場合、裏法勾配を二割以上に緩やかにしなければならないとすると、法線を中野長助宅及び中野忠太宅の敷地まで後退させる必要があつた。(3) 堤体の圧縮沈下、基礎地盤の圧密沈下、天端の風雨による損傷、越波の防止、水防活動の便宜等を考慮し、計画対象水位上に約一メートルの余盛が実施された。(4) 被覆土は、これまでも被覆土として使用されてきた実績を有する五十公野ないし茗荷谷の山土をもつて三〇センチメートルの厚さで実施された。(5) 堤防脚部には洗掘を防止するために鋼矢板が打ち込まれ、その上部の法覆には計画対象水位まで鉄線蛇籠を施して流水による表法面の流失を防止し、また、鋼矢板の前面には麻袋を充填することによつて仮締切との間の根固めとした。(6) 堤防法線は、流失した旧堤防地盤に深掘れを生じたため、その部分を避けて月の輪型にした。

3ところで、堤防の法面は、時間雨量二〇ミリメートルを超えると法尻に雨裂が生じやすくなるものであり、特に新しい堤防にその傾向がみられる。また、普通の土砂堤防においては、堤体の表面から浸透した雨水が、次第に内部に浸入し、土の単位面積・重量を増加させ、同時に、土の剪断強度を低下させるため、河川の水位がそれほど上昇していなくても、短時間内の累加雨量が二〇〇ミリメートルないし三〇〇ミリメートル以上の集中豪雨があつたときは、法面がしばしば崩壊する。

4新潟県下越地方では、日本海西部に発生した低気圧の影響により前線活動が活発となり、昭和四二年八月二六日から二九日にかけて大雨が降つた。本件仮堤防には、同月二六日、二七日の両日に合計約六五ミリメートルの降雨があつたうえ、同月二八日午前中に五六ミリメートルの降雨があり、また、同日午後一時ころから翌二九日午前一時ころまでの間に約二〇〇ミリメートルの降雨があつたが、ことに同月二八日午後三時ころには時間雨量三七ミリメートル、同日午後四時ころには同45.2ミリメートルの豪雨が降り注いだ。そして、向中条地区の本件仮堤防は、同月二九日午前一時ころ、雨水及び河水の浸透により裏法が崩落したのち、これによつて沈下した堤防の一部に河水が流れこんで生じた浸透と溢水との競合により決壊したが、破堤時までの洪水継続時間は約一二時間であつて、破堤時の水位はほぼ満水の状態になり、また、西名柄地区の本件仮堤防は、同日午前一時半ころ、溢水により決壊した(これが八・二八洪水と呼ばれているもののうち、向中条、西名柄地区の被つた本件災害である。)。姫田川合流点の下流がこのように連年災害を受けたのは、大正六年前記分水路工事が完成して以後初めてのことであつて、実に五〇年ぶりのことであつた。東京管区気象台新潟地方気象台作成の昭和四二年九月付の異常気象調査報告書には、八・二八洪水の規模につき、降雨の中心域は七・一七洪水とほぼ同じ胎内川、加治川及び荒川の上流・下流域であつたが、強雨の集中度。規模は七・一七洪水のそれをはるかに上回るものであり、降雨の中心域からやや離れている新発田地方においては、二日連続雨量が二五四ミリメートルを超える確率は四〇〇年に一回以下であるが、八・二八洪水時には同雨量三三八ミリメートルを記録して七・一七洪水時の同雨量二九四ミリメートルをも超えた旨の記載があり、新発田に近い本件仮堤防付近の八・二八洪水時の雨量は、極めて稀な異常豪雨によるものであつた。

右事実関係によれば、本件仮堤防は、向中条、西名柄地区のショートカット工事に伴う本堤防が完成するまでの期間、すなわち、昭和四一年の出水期の後半から昭和四二年の全出水期間中の出水に対処する目的で、応急対策として短期間に築造され臨時に存置された仮施設であるところ、このような性格の仮堤防が有すべき断面・構造は、河川法一三条の趣旨に則つた一定の技術的水準に基づき後背地の安全を保持する効用を果たすべき本堤防の断面・構造と同一でなければならないものとするのは相当ではないというべきである。そして、右事実関係及び加治川の改修計画に関して原審が認定した前示事実関係を併せ考えると、姫田川合流点の下流は、比較的安定した区域であり、七・一七洪水に引き続いてこれをはるかに上回る連年の災害を受ける危険を予測しなかつたことに無理からぬ事情があるものということができるところ、本件仮堤防を設置するに当たり、築堤材料に砂丘砂を単一使用したこと及び築堤材料の点を除く断面・構造を旧堤防又は在来堤防と同じくしたことは、姫田川合流点の下流における過去の水害の発生状況、本件仮堤防の存置期間等から予測しうべき水害の危険の発生を防止して後背地の安全を確保したものといえるのであつて、時間的、財政的及び技術的制約のもとでの同種・同規模の河川に同趣旨で設置する仮堤防の設計施工上の一般水準ないし社会通念に照らして是認することができるから、本件仮堤防の断面・構造は安全性に欠けるものではなく、河川管理の瑕疵があるとは認められないものというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当であり、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同上告理由中、西名柄地区仮堤防の切り下げ及び修復に関する原審の判断の違法をいう点について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができる。右事実関係によれば、西名柄地区の新堤防は、ショートカット工事の計画上、上流の在来堤防と接続する一部分を本件仮堤防の前面に設置しなければならなかつたこと、その築造工事及び護岸工事に必要な機材を仮堤防の前面に搬入するためには、ドラグライン、ブルドーザー等が本件仮堤防の裏法尻脇に沿つた名柄道路から新堤防と本件仮堤防との接合部分へ登つて本件仮堤防天端に至り、これを上流に伝わつて、本件仮堤防と在来堤防との接合部分付近から本件仮堤防の前面へ降りることができるように、本件仮堤防の天端を長さ約一二〇メートルにわたり約五〇センチメートル切り下げて幅員4.5メートルの通路を開設する必要が生じ、かつ、それ以外に右搬入の適切な手段がなかつたこと、しかも、右切り下げは、これに伴い通常予測される水害の危険に対処するため、被害を伴う程度の台風が新潟県下に来襲する九月下旬を避け、昭和四二年八月一〇日に実施され、同年九月一〇日ころまでに復旧する予定であつたものであること、また、右切り下げ部分の修復は、全体にわたりほぼ一様に切り下げ前の本件仮堤防の高さまで土のう積みが行われ、漏水部分及び若干低くなつていた中央部分に対する土のう積みの補強作業が破堤時まで鋭意行われ、相当な水準の水防作業が実施されたこと、以上の点が認められるのであるから、本件仮堤防の切り下げ及びその修復に関し河川管理の瑕疵があつたものということはできない。これと同旨の原審の判断は、正当であつて、その過程に所論の違法があるとは認められず、論旨は採用することができない。

同上告理由中、その余の部分について

同上告理由第九章を除く所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。同上告理由第九章は、上告人らの請求に関するものではないから、所論は上告適法の理由に当たらない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(矢口洪一 谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 髙島益郎)

上告代理人今井敬弥、同高橋利明、同渡辺隆夫、同馬場泰、同松井道夫、同竹沢哲夫、同中村洋二郎、同川村正敏、同今井誠、同近藤正道、同五百蔵洋一の上告理由

目次

はじめに

第一章 加治川水害裁判の意義《省略》

第二章 国家賠償法第二条と瑕疵論

第一 国家賠償法第二条の基本的考え方《省略》

第二 瑕疵論《省略》

第三 河川災害をめぐる判例の傾向《省略》

第四 浸透破堤と瑕疵の推定

第五 経験則に反する事実誤認ないしは判断の遺脱

第三章 国家賠償法第二条の解釈の誤り

第一 原判決の判示とその問題点

第二 営造物の管理瑕疵と受忍限度

第三 営造物の管理瑕疵と回避可能性について

第四章 向中条地区堤防の管理瑕疵

第五章 西名柄地区堤防の管理瑕疵

第六章 二七年計画未達成と管理瑕疵

第七章 財政制約論批判と憲法違背論《省略》

第八章 審理不尽論《省略》

第一 向中条、西名柄地区堤防の争点と「仮堤防論」の浮上

第二 理由齟齬の違法

第九章 弁護士費用の弁済期の解釈の誤り《省略》

はじめに

原判決は、憲法一七条、同第一三条、同二五条の解釈を誤り、国家賠償法第二条(以下国賠法と略記)の解釈適用を誤つた法令の違背があり、理由不備、理由齟齬、経験則違反の事実誤認及び審理不盡があり、その結果、認容すべき本件請求について棄却した違法がある。

第一章 加治川水害裁判の意義《省略》

第二章 国家賠償法第二条と瑕疵論

第一 国家賠償法第二条の基本的考え方《省略》

第二 瑕疵論《省略》

第三 河川災害をめぐる判例の傾向《省略》

第四 浸透破堤と瑕疵の推定

一 原判決の確定した事実によれば、向中条地区仮堤防の破堤は、「降雨による影響をかなりの程度うけたこと」と「仮堤防の堤体に加治川の河水が時間の経過とともに浸透していつたであろうことが推測される」とし、従つて、「向中条の仮堤防の破堤は雨水及び河水の浸透により裏法が崩落した後、崩落により沈下した堤防の一部に河川が流れ込んで生じた浸透と溢水の競合による破堤と認めるのが相当である」という。

一審判決は、右を溢水破堤と認定していたところ、原判決は少くとも競合にせよ浸透破堤を認めたのである。しかも、裏法が崩落後に沈下した堤防の一部に河川が流れ込んだというのであるから、崩落のない堤体天端上を増水した河水が溢水するという典型的な溢水破堤ではあり得ない。

判文上は、競合破堤といつても、浸透破堤が主であることを読みとることができる。

二 ところで、国賠法第二条の瑕疵の立証は原告にある。学説はしかし、「一応の推定」の理論を採用すべきだとし、公の営造物により損害が発生したことが立証されれば、瑕疵の存在を推認してよく、瑕疵の存在は、設置又は管理による瑕疵と推定してよいとする(有倉遼吉「国家賠償法」法律時報二五巻九号二二頁、加藤一郎「水害と国家賠償法」不法行為法の研究三三頁以下、古崎慶長「国家賠償法」二二七頁以下)。

ただ、人工堤防に関する河川災害の場合、決壊した堤防が存在しないのが普通であるから、具体的に推定論をおしすすめていくには、破堤原因との関連で見きわめていくのが有効な方法であると考える。而して、堤防の破堤原因は学説上種々に言及されているが、溢水、浸透、洗掘とその他に大別することができる(山本三郎編「河川工学」は三九三頁以下で溢水防止工法、浸透防止工法、洗掘防法工法を説かれ、安芸咬一「河川工学」は溢流、滲漏・崩落、洗掘の三種に分け、矢野勝正「水災害の科学」は、右の三種の他に、流量集中、漏水、浸食・衝撃の四つを挙げる)。

そうして、特に浸透と洗掘破堤の場合は、いずれもその構造自体に欠陥を有するのである。例えば赤井浩一教授外一名の「淀川堤防のろう水調査」(土木学会誌昭和三八年五月発行、甲第三号証)の論文でも明らかである。

これは、「淀川堤防においては……ろう水被害が最もいちぢるしい」ので「このような透水性地盤上の河川堤防の設計はいかにあるべきか、また、従来のろう水防止工法の施工が、はたして当を得たものであるかを究明するため」行われたが、右岸の寺田地区をモデル地区に選ぶのであるが、この地区はボーリングによる柱状図をみると、「厚さ約一一米に及ぶ砂質層が大部分を占めており」「この地区全体の透水係数が10−2cm/Sの砂層が支配的である」又この地区の堤防は、「計画高水位までコンクリートブロックの表のり覆土が施行され、かつのり先には長さ六米の鋼矢板が打ちこまれている。」実験の結果(1)「河川堤防の非定常浸透に関する従来の研究によると」「その進行に要する傾向が式(1)(註即ちストロールの方式)の形で与えられるとしている。しかし、そのような結果は、不透水性基盤上のかなり乾いた堤防について通用しうるのであつて、現実の多くの河川堤防のように基礎が透水層からなり、降雨のため堤体もかなり湿つていて、河川水位による静水圧の伝達が比較的短時間のうちに堤内に波及するような場合には、浸潤線の形は河川水位の定常状態に対して描いた流線網で得られるものに近いと考えられる」。(2)「モデル地区では……河川水位とろう水量との間には直線的対応関係があり、河川水位が堤内地地盤高より高くなると、ただちにろう水が始まる。(3)「高水時には出水とほとんど同時に堤内に定常浸透流が生ずる傾向がある。約六時間にわたつて高水位状態が継続した際の実在堤防内浸潤線の位置は、理論的な定常状態に対するものよりも、なお〇、五米ないし一、〇米ほど高かつたが、これは降雨などの影響によるためと考えられる。したがつて、透水性地盤上の砂質堤防の設計にあたつては、浸透流の非定常性によるろう水の軽減や堤体安定の余裕を期待することはできない」と論述されている。なお上告人が原審で控訴理由の一つとして「河川防災の基本的考え方と二七年計画」を主張し、「防災ハンドブック」(昭和三九年一二月二五日発行)(甲第三五号証)を援用しているが、そこにも「非定常浸透流の性状」の論述のなかに右甲三号法ママの論文が援用されている。

このように浸透、洗堀ママ等の破堤は、堤防高より水位が下位にあつても起り得るのが特徴であるから、河川工学上そこには必ず断面構造の欠陥なり、堤防材費の欠陥なり、基礎地盤の欠陥なりが存する度合がきわめて強いといい得る。この意味で、法的にも、浸透等の「溢水なき破堤」は、瑕疵を推定させるものと考えるのが至当である。

本件では、前述のように、競合破堤と判文上記述されていても、浸透破堤が主で、溢水が従であることが明らかなのであるから、向中条地区堤防について、瑕疵が推定され、その瑕疵は設置又は管理の瑕疵を推定させるに十分である。

この理は、前述の⑤⑨⑫の各判決の理由づけと同じであつて、原判決が右地区について瑕疵を否定したのは国賠法二条の解釈適用を誤つたものといわねばならない。

なお、原判決が本件が仮堤防という制約された諸条件のもので築堤された故に、その耐えうる程度を越えていたとして管理の瑕疵を否定した誤りについては後述する。

第五 経験則に反する事実誤認ないしは判断の遺脱

一 上告人は原審で、本件向中条地区堤防の地盤の基礎漏水を次のように証拠を挙げて主張、立証した。即ち、原審最終準備書面第二章第四以下で次のように述べた。

「浸透による堤体の崩壊及び法面崩壊の一般論について」

降雨や河水の堤体への浸透や基礎地盤の漏水が時には堤体の崩壊をもたらすことは一般に知られている。降雨による法面崩壊、堤体への河水の浸透による法面崩壊、基礎地盤からの漏水によるボイリングないしパイピング現象などがその典型である。本件向中条地区の破堤については、最終段階の破堤が、浸透破堤か溢水破堤か争われているほか、その前段階の裏法面の崩落現象についても、原判決は、これを降雨の浸透による法面崩壊とするし、一審原告は、明らかな浸透破堤の前段階とする立場であるから、前記の三現象について、若干の河川工学の文献を整理して、これについて記述をしておきたい。

一 基礎漏水について

1 基礎漏水の危険性

堤防が設置される基礎地盤に漏水が発生すると、これがついには破堤に至るパイピング現象をもたらすことがあるので、基礎地盤の漏水の発生は極めて危険であると指摘されている。一般的に基礎漏水の危険性については次のようにいわれている。

「洪水時に河川水位が上昇すると地下水位も相対的に上昇する。地盤内の透水層の上には薄い粘性土の表土のある場合が多いが、この場合浸透水は一番抵抗の少ない個所を突き破つて湧出してくる。普通漏水の流出口は堤防の裏ノリ尻付近に起こり徐々に周囲を浸食していく。水とともに吹き出した砂は流出口周辺に沈澱していくので円形のすり鉢状の山ができる。このような漏水が起こると堤防ノリ尻が著しく弱められノリ面崩壊の原因となり、また浸透流は土の細粒部分を洗い流し、いわゆる水みちを徐々に拡大していくのでパイピングにまで進む危険も生ずる」(土質工学ハンドブック。九三二頁)。

基礎漏水の発生する状況を模式化して図示すれば左のような場合である。<編注・左上の図>

2 基礎漏水の起こる条件

基礎漏水は、堤体の基礎地盤が透水層を形成していることであるが、一般的な発生条件としては、次のようなものが挙げられている。

「基礎漏水が起こる条件としては次の項目が考えられる。

① 透水性の大きい砂層またはレキ層上に築堤した場合、② 旧河川を締め切り河床の砂レキ層上に築堤した場合、③ 破堤した個所を締め切つた場合、破堤個所は破堤したさいに大きく洗堀ママされ、そのあとに砂レキがタイ積することが多く、また締切り工事に砂レキなどの透水性の大きい材料を使用するために漏水の起こることが多い。

基礎地盤の漏水は透水層の透水性、厚さ、広がりなどに影響される。透水層の上に不透水性の表土が存在するときは表土の厚さ、透水性が大きく影響する。また透水層内の浸透流は降雨などによる地下水流の変動にも大きく左右される」(土質工学ハンドブック九三二頁)。

3 基礎地盤の漏水対策

基礎地盤の漏水対策としては次のようなものが挙げられている。

「① 透水層内に止水壁を設置する。止水壁を作る方法としては粘性土による置換工法、矢板の打設、グラウチングなどがあげられる。

② 堤防敷の拡幅、透水経路長を大きくするため堤敷幅を増大する。

③ ブランケットの設置、堤内外の透水地盤を不透水性の土でおおう。

④ 堤防ノリ先付近の保護、表ノリ先付近に水制を設け、洗堀ママを防止すると同時に土砂をタイ積させる。また堤防に接近した土取場の埋もどしなどが考えられる。

⑤ 堤内地の埋立て、堤内地の地盤を高くして水頭コウ配を減少させる。

⑥ ドレネージウェル(排水井戸)、ドレネージトレンチ(排水溝)の施工、不透水性の表土を突き破つて湧出する漏水を防止するため、あらかじめ排水用の井戸あるいはミゾを堀ママ削して、浸透流をこれからおとなしく流出させる」(土質工学ハンドブック九三四頁)。

本件向中条においては、仮堤防の表法尻に六〜一〇メートルの鋼矢板が打設されているので、鋼矢板の止水効果についての記述をも付記しておきたい。

「止水壁工法の代表的なものは矢板の打設である。矢板には木、鋼、鉄筋コンクリート、簡易鋼矢板などがあり、それぞれ使用されている。漏水防止に表ノリ先に矢板を打設するのが有効なのは地表面からあまり深くない所に比較的薄い透水層があつてそれを完全に締め切ることのできる場合である。透水層が厚くなると透水層を締め切ることは経済的にも技術的にも困難になる。透水層を少くとも九五%以上締め切らないと止水効果のないことは模型実験あるいは理論計算によつても示されている。さらに矢板の中で止水効果が最も高いと思われる鋼矢板でも矢板継目からの漏水量が相当あることが示されており、実験の結果、鋼矢板は透水経路上をわずか九〜一二m程度延長する効果しかないということも報告されている」(土質工学ハンドブック九三四頁)。

二 堤体の浸透崩壊について

河川水位が上昇し、洪水継続時間が長くなればなるほど、浸潤線が発達し、ついには裏法尻から浸透流が流出する。

浸透流があると、土の単位体積重量を増加させ、また同時に土のセン断強度を低下させ、法面のスベリに対する安全度が低下する。

浸透流が裏法に流出すると局部的に小さなスベリを起こし、これが原因となつて、大きなスベリに発展するおそれがある(ハンドブック九二八頁)。この浸透流が過度に起こると、土の中の微粒子を洗い流し、徐々に水みちを形成し、ついにはパイピング現象を引き起こすことがあるのである(同九二九頁)。

このような浸透流による法尻ないし法面の崩壊の状況を図示すると以下のようである(日本材料学会土質安定材料委員会編「斜面安定工法」三八〜四〇頁参照)。

堤体の漏水や浸透流が発生しやすい条件としては、一般に次のようにいわれている。

「堤体の漏水は堤防基礎地盤の漏水と分けて考えることのできない場合が多いが、砂レキの堤防では地盤とは関係なく、堤体のみから多量の漏水を見ることがある。

堤体漏水の起こる原因として次の事項が考えられる。① 堤防断面が小さすぎる場合、② 堤体にモグラ、カニなどの生物が孔をあけている場合、③ 堤体が粗粒物を多量に含む未風化の山土または砂レキで造られ、表ノリまたは中心部に止水壁のない場合、④ 堤体の締固めが不十分な場合、⑤ 地震などで堤体にクラックの入つた場合などである」(土質工学ハンドブック九三一頁)。

三 透水係数についての実験値と現物の堤防について

いわゆる模型実験によつて得た透水係数と、現物の堤防のそれとは、屡々大きな相違を示すことは周知のところである。これは、現場の再現実験の困難性と限界を示すものであるが、土質工学ハンドブックには、次のような事例が報告されている。

「先年淀川で行なつた現場の大型模型堤防による実験で求めた堤防の非定常浸透流を示すと図―二八一〇のとおりである。堤防は砂質ロームで含水比19.3%、乾燥密度1.44t/m3に均質に作られたものである。また室内の透水試験結果によると堤体土の透水係数7×10-5cm/secであつたが、現場実験の結果から推定される透水係数ははるかに大きい、この原因の一つとして考えられることは、均質に作つた堤防も実際はかなり不均質で浸透流は一様に起こらず水は透水係数の大きい部分を通つて早く浸透していくものと思われる。実際の堤防の漏水も堤体内の弱点、たとえば粗粒子から成り立つている層とか、クラック、生物によつてあけられた穴など通して起こることが多いので注意しなければならない」(九三一〜九三二頁)。

四 降雨による法面崩壊と雨裂

1 降雨による法面の崩壊

降雨による法面の崩壊の発生については、次のように説かれている。

「普通の土砂堤の表面は芝などの草で保護されている。これは雨水あるいは表面流による浸食を防止するためのもので、地表面から雨水は草の根を伝わり、かえつて内部へ浸透しやすくしている。堤体が砂の場合はもちろん粘性土の場合でも、かなりの雨水は内部に浸透するものと考えられる。

堤体表面から浸透した雨水は徐々に内部に浸入して、土の単位体積重量を増加させ、また同時に土のセン断強さを低下させる。このため集中豪雨(累加雨量二〇〇〜三〇〇mm以上)などのため、河川水位がたいして上昇しないにもかかわらず、ノリ面崩壊を起こしたことがしばしば報告されている」(土質工学ハンドブック九二七頁)。

そして、昭和三六年六月木會三川において多くの法面崩壊が発生した際の降雨は、一週間の連続雨量が五九八ミリに達したといわれている(河川工事ポケットブック八三〜八四頁)。

右のように、降雨の堤体からの浸透による法面の崩壊は、長期に二〜三〇〇ミリ以上の降雨があつた場合に多くみられるものである。これは堤体への雨水の浸透には一定時間と一定量以上の水分の継続的な供給が必要とされることを示している。

2 雨裂

雨裂は俗にガリといわれているが、これは降雨によつて堤防法面が溝状に浸食される状態をいうものであり、この発生については、次のようにいわれている。

「ノリ面の土粒子が雨滴にたたかれ掃流されてノリ面に浸食が生じ、ノリ面の凹所、土質の弱点個所に水流が集つてノリ面にガリ状浸食を生ずるようになる。降雨強度が強く、ノリ勾配が急であると浸食が激しく、ノリ長が長いとノリ面の凹凸も多く、流速が増す」(河川工事ポケットブック八三頁)。

右のような雨裂は、降雨の浸食作用によつてもたらされるものであるからその発生は、主として雨量強度にかかるものである。そして、一般に表層の土粒子の掃流によつて起こるものであるから雨水の浸透がなくても発生する。この点は浸透による法面崩壊との大きな差異である。また当然のことながら、強い降雨によつて起る浸食作用であるから、強い降雨が止めば浸食作用も止まる。浸透による法面崩壊が、雨が止んでのちなお発生するものと異なる現象である。

また雨裂は、乙四号証の八の写真2及び3に見られるように、同一斜面あるいは同一条件にある斜面に多数の溝状の浸食を発生させることが多い。

「破堤の原因」

一 向中条仮堤防の堤体と地盤条件

1 地盤条件

向中条仮堤防の法線は、七・一七水害で流失した旧堤防の法線の外側に大きく湾曲している(乙三号証の一二)。このように湾曲している理由は、七・一七災害における向中条地区の溢水破堤により、同地区堤防の裏法尻とこれに接する堤内地が深堀ママれした(小林証言―53.10.9三〇丁―によれば河床から七〜八メートル)ため、仮締切後の築堤に際し、その箇所を避け、後退して仮堤防を設置したからである(小林証言前同)。

そして右の深堀ママれ箇所には、砂と玉砂利やこれらを麻袋積めにした土のうを投入して埋戻した(日水三四)ものであるから仮堤防の前面(川側)は完全な透水層となつている。また仮堤防は、シルトないし粘土質層(水田)の上に築かれはしたが、仮堤防中央部は、仮締切の際、最後に締切られた箇所であつた(小林前同三〇)ため、同所の水田部分は流失し下位の地盤たる砂礫層の上に築かれたものと考えられる。

ところで加治川においては、河道に近い堤内地では、洪水時に湧水が認められるところがある(小林前同二六)。これは、堤内地の地表面は粘土質ないしシルト質の土層(水田として利用)であつても、その下位には広範に砂礫層が存在しているため、河川水位と右砂礫層の地下水位とは連動し、加治川の水位が上昇すると薄い粘土ないしシルト層を破つて湧水が起きるのである(小林前同)。

仮堤防地盤ないし周辺地盤の右のような状況は、湯浅鑑定も指摘するところである。同鑑定によれば、地表から約八メートルの深度では、基盤と推定される地層は現われていないとし、「堤体の下部は砂を主体とする比較的新しい河川堆積物で、シルト質あるいは砂質粘土質の土質がレンズ状に散在しているように思われる」、「概括的にいうと、砂礫層の上に薄い砂質粘土層を介して堤体が築かれているものと考えられる。ただし破堤中央部に近づいた「ハ」孔では、流水によつてえぐられた為か、上記粘土層の存在は認められない」としているのである。

以上の状況から、前記土質工学ハンドブックの指摘するように向中条地区仮堤防は、基礎漏水の最も起こりやすい条件を持つ地盤の上に設置されたものであることが明らかである。なお仮堤防中央部には、長さ一〇メートルの鋼矢板が打込まれているが、矢板の下端は深堀ママれした河床にも届きえない程度のもの(矢板の上端はおおむね地上三メートルの位置である)であつて、矢板の打設地点の基盤たる不透水層には到達していないものである。

従って、前記土質工学ハンドブックの記述から明らかなように、この鋼矢板に止水壁としての機能を期待することはできないのである。

2 堤体

仮堤防堤体の被覆土をのぞく築堤材料が砂丘砂であること、右砂丘砂は粒径のそろつた中砂で、その透水係は7×10-3cm/Sというもので、極めて透水係数の高いものであることは、湯浅鑑定の結果明らかである。

これを在来堤防の築堤土と比較すると、在来堤のそれの透水係数は4〜9×10-5cm/Sであり、透水性において一〇〇倍の相違があるものである(湯浅証言二八五〇。この相違については、小林証人も認めるところである。小林証言53.10.9二三)。加えて表法面には被覆土は施されていず、河水の浸透という点では、通常の堤防に比して全く無防備といつてよいものである。またさらに、本件の堤防は、「水で飽和された状態では、わずか外乱な(たとえば間隙水圧の変動)を受けても液状化しやすい」という欠点を有しているものである(湯浅鑑定。湯浅証言二八三九〜三八四六)。

なお、本件仮堤防が右のような粒径のそろつた砂丘砂を用いたうえこれに見合つた断面形状を有していなかつたことなど本件仮堤防の構造上の欠陥については、一審原告の原審最終準備書面(三七〜四七)に詳述したので、これに譲ることにする。

二 これに対し原判決は、理由第二の二(一)において「……裏法尻の下部の地盤にも相当のゆるみがあつたことが認められるが、それが基礎漏水によるものであるとの的確な証拠はない」としている。

これは原審における前記上告人らの土質工学ハンドブックという工学的経験則の集積や、湯浅鑑定人の鑑定結果や被上告人側小林証言等を全く無視するものであつて経験則に違反する事実誤認があり、あるいはこの点について判断の遺脱があつたものといわざるを得ない。

原審が、この点を究明すれば、少くとも向中条地区破堤は基礎漏水による浸透破堤であることが一層明白になつたのであり、「仮提防」に関する法的解釈の誤りと合せて原判決の結論に大きな影響を及ぼす誤りをおかしている。

第三章 国家賠償法第二条の解釈の誤り

第一 原判決の判示とその問題点

(一) 原判決の判示

1 原判決は、向中条地区については、同地区仮提防が、雨水と河水の浸透により法面の崩落現象を起し、これが破堤をもたらしたことを認めながら、同地区仮堤防の破堤は「本件仮堤防が当時の河川工事の一般的水準及び社会通念上具備すべき通常の安全性を欠如していたことによるものであるとみるよりは、右降雨、洪水の規模が異常であつて、前記のように制約された諸条件のもとで築堤された仮堤防の耐えうる強度を越えていたためであると認めるのが相当」として河川管理の瑕疵を否定した。

2 また原判決は、河川管理の瑕疵と免責の一般的基準について次のように判示している。

「河川管理者は河川法に基づき計画高水流量を基本とする河川改修計画を実現すべき義務を負つているのであるが、それが河川改修の特質に由来する財政的、技術的及び社会的諸制約によつて着手できず、あるいは遅延している場合においては、右未改修が当時の河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認されるものである限り河川管理者(したがつて、その主体である國、以下同様)は管理義務を尽したものとして、右制約が存続する間は改修未着手あるいは遅延の責を免れうるものと解するのが相当である。」

そして、原判決は、右の一般的基準に従つて、加治川の昭和二七年策定の毎秒二、〇〇〇立方メートルの改修計画未達成については、① 七・一七水害までの五〇年間、加治川下流部は安定していた。② 当時の河川予算の規模及び全国的な河川改修の進捗状況からみて、一四年程度で改修完了を期待するのは無理である。③ 農業用水施設との調整という重要な制約があつた。 等の諸事情を述べて、これらの諸制約の下では、七・一七水害までに二七年の毎秒二、〇〇〇立方メートルの改修計画未達成をもつて河川管理の瑕疵があつたとすることは相当でない、と判示した。

3 原判決は、河川管理者は計画高水流量を基本とする河川改修計画を実現すべき義務を負つているとしながら、河川が未改修のため、計画高水流量規模の洪水の来襲など予測される洪水に対して安全に対処できない状態にあつても、河川管理者が管理義務を尽していれば免責される、とし、管理義務を尽したかどうかの判断基準は、河川管理の一般的水準及び社会通念であるという。結局原判決は、現実の河川行政を肯認して、その範囲内で、洪水等の危険の回避や損害の発生を回避することができる筈であつたのに、これを怠つた場合にのみ、これを河川管理の瑕疵とし、被害住民の損害について河川管理者に損害賠償義務を認めようとするものである。

上告人らは、原判決の右のような国賠法二条の営造物の管理の瑕疵についての理解は、同条の解釈を誤り、かつ従来の営造物責任についての先例にも反するものであると考える。

(二) 原判決の問題点

1 ところで原判決は、前記のとおり向中条地区仮堤防は、降雨と河水の浸透によつて法面崩壊が発生し、ついに加治川の流水の荷重に耐えられず破堤した、との事実を認めている。堤防は、本来降雨や一〇時間とか二〇時間とかの高水継続時間で河水の浸透を受けて崩落などを越してはならないのであり、まして破堤に至る大崩落を発生させるということは、河川工学的には正に欠陥堤防であり、営造物の瑕疵という点では講学上いうところの物理的瑕疵、内在的瑕疵にあたるものなのである。

さらに、連年水害をもたらした洪水の規模についてみると、七・一七洪水の最大流量は、もとより毎秒二、〇〇〇立方メートル以下、八・二洪水のそれも、毎秒二、三六〇立方メートル程度(原判決は、上告人らのこの点の主張につき証拠による積極的な認定はしていないが、「第五河川の未改修と管理瑕疵」の項では、上告人らの主張が真実であることを前提として論述を展開している)であつて、昭和二七年の毎秒二、〇〇〇立方メートルの改修計画からすれば、いずれの洪水もその規模において十分予見できた範囲内のものである。

2 原判決はかかる事情の下においても、本件向中条の破堤について、河川の管理に瑕疵はないとする。破堤をもたらした洪水の模様は予見の範囲内であり、かつ堤防は、物理的、内在的瑕疵を有していても、本件破堤について河川管理の瑕疵は存在しない、というのである。その理由とするところは、本件仮堤防は諸種の制約の下に築堤されるものであり、本件仮堤防は、当時の河川工事の一般的水準及び社会通念上具備すべき通常の安全性を有していた、というのである。

また、昭和二七年の河川改修計画の未実施についても、加治川下流部の状態は、当時の河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認される程度であつたから、改修未実施による危険の放置についても免責される、というのである。

3 原判決は、向中条地区被災上告人らの連年破堤による連年の家屋流失という重大な被害事実を全く忘却している。危険な中小河川の沿川に住む住民としても、連年、家屋、家財、田畑を洪水によつて一挙に流失させたという被災者は、まず存在しないか、存在しても極めて稀有な事例であろう。この被災による損害は、一般国民として通常受忍すべき限度を明らかに超えている。向中条地区上告人らは、河川管理者の危険の放置によつて受忍すべからざる損害を蒙つているのであり、同上告人らの損害は賠償されるべきなのである。

公の営造物の適切な管理を欠き、第三者に受忍限度を超えた損害を与えたとき、それが管理者の予測しえない事由によるものでない限り、国賠法二条の責任を免れないとするのが最高裁判例(大阪空港判決 最判 昭五六・一二・一六 判時一〇二五号 四五頁)であるところ、原判決は明らかに同法条の解釈を誤つている。

4 また原判決は、河川工事による洪水の危険の回避は困難であり、それ故当該の河川管理施設等の状態が河川管理の一般的水準及び社会通念に照らして是認されるものであればよいとして、結果防止のためとるべき管理者の営為の判断基準を、当時の河川管理の一般水準に求めているが、この点も国賠法二条の解釈として誤りである。国賠法二条の営造物の管理の瑕疵の認定について、危険の予測可能性ないし結果の回避可能性を要するとの見解に立つ裁判例にあつても、右予見可能性及び回避可能性の有無の判断基準は、営造物管理者らが従前行つてきた管理の一般水準によるのではなく、また現場の実務担当者の能力を基準とするものでもなく、その可能性は抽象的に存在すればよいのである。

本件八・二八洪水程度で浸透崩壊をしない土堤を築造することはそれ程困難でなく(八・二八水害後は、七・一七の仮堤防の被覆土に用いた茗荷谷の土によつて盛土しており、この土であれば浸透の心配はほとんどなく、また七・一七の仮堤防でも表法面に被覆土を施工すれば仮堤防の透水性は大きく下がる)、結果回避の可能性は、抽象的にも、具体的にも存在したのに原判決が営造物の安全保持についての管理者の営為につき、当該管理行為の一般水準に達していれば免責されるとし、かつ結果回避の可能性を、河川管理の実務担当者の能力をもつて基準として判定していることは、管理の瑕疵についての解釈を誤つたものである。

5 原判決の右の国賠法二条の解釈の誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであつて、以下に項をわけて詳述する。

第二 営造物の管理瑕疵と受忍限度

1 近時の判例について

大阪空港公害訴訟において最高裁大法廷は次のように判示している(昭五六・一二・一六判時一〇二五号 五二頁)。

「原判決がこれら諸般の事情の総合的考察に基づく判断として、上告人が本件空港の供用につき公共性ないし公益上の必要性という理由により被上告人ら住民に対してその被る被害を受忍すべきことを要求することはできず、上告人の右供用行為は法によつて承認されるべき適法な行為とはいえず、原審の右判断に所論の違法があるとすることはできない。」

同判決は、受忍限度の判断要素として

「侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間にとられた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである。」としているが、国の被害対策については、「上告人が比較的最近において開始した諸般の被害対策が、少なくとも原審の口頭弁論終結時までの間については、被害の軽減につき必らずしもみるべき効果を挙げていない。」としている。右判示からすると、損害の回避可能性がない場合なのかどうか不明であるが、事案の性質上、十分な損害の回避可能性が存在するのにこれを怠つたという事案ではない。同じく営造物の管理の瑕疵が問われた東海道新幹線訴訟及び横田基地公害訴訟においても、新幹線や横田基地に離着陸する航空機の騒音は住民に受忍程度を超えた損害をもたらしている、としてそれぞれ営造物の管理の瑕疵を認めているが、これらの場合も、損害の回避可能性の有無ないし、損害の回避への管理者の営為は、瑕疵認定の重要な要素にはなっていない。これらの裁判例からいえることは、営造物の不適切な管理によつて第三者に社会生活上受忍すべき限度を超えるような被害を発生させたとき、それが管理者の予測しえない事由によるものでない限り国賠法二条の限定による責任を免れない、とするものである。

2 受忍限度を超えた向中条地区の被害

本件においては、昭和四一年と同四二年に上告人らは激甚な災害を受けている。向中条地区のなかでも、一審原告の中野長助、同 阿部豊治、同 遠藤幸四郎らは、七・一七、八・二八各水害で、二度までも家屋の流失ないし破壊という損害を受けているのである。このような被害は向中条地区の連年破堤という事実が存在しなければこれ程までの激甚な被害を受けることがなかつたのである。かりに一時期床上あるいは床下等の浸水被害を受けたとしても、生活の根據たる家屋をまるごと、しかも二年連続して流失、破壊されることはなかつたのである。

さて、右上告人らは果してこのような被害を単に運が悪かつたと諦めなければならないのだろうか。

たしかに、上告人らは、加治川の河道に近接して家を持ち居住している。危険に近接しているのである。そこで加治川は上告人らの居住以前から存在していたのであるから、これを理由にして危険への接近という非難があるとしたらそれは間違いである。原告ら農業を営む者達は、田畑の耕作のため水の利用をしなければならないのであり、好むと好まざると程度の差はあれ、河道に接近して居住しなければならないのである。原告らは代々の農家として、農耕に従事し、食糧生産という社会的役割を果してきたのであるから、河道に近接して居住していたという事実は、大阪空港訴訟最高裁判決(昭五六・一二・一六 判時一〇二五号 三九頁)がいうような危険への接近にはあたらないのである。

上告人らにはどのような観点からしても、本件被災について無過失である。

このような立場にある国民が、営造物の危険放置の故に連続して二度までも家屋を流されたのである。このような被害を受けることは国民一般の立場からして当然受忍しなければならないのであろうか。どのように見てもそうした結論にはなるまい。

被上告人らは、予算や社会的、技術的制約で十分な仮堤防もできず、またいわゆる毎秒二、〇〇〇立方メートルの改修計画も十分な実施ができなかつたという。本件向中条仮堤防において、浸透破堤を起こさないような土堤を設置することは技術的にも、費用的にも差程の困難を伴うものでないことは後にも述べるところであるが、かりにこゝでは、河川管理者の当時の平均的な対応では今日の破堤が防ぎえなかつたとしよう。この場合には、上告人ら住民がすべてその危険を個々に負担しなければならないのであろうか。いや決してそうではあるまい。

河川の危険な状況に比して河川関係予算が僅少にすぎることは原判快も認めるところであるが、それは時の政府の高度な政策判断による各課題の優先順位の決定により、そうなつたのであるし、また新潟県内においても、同様な判断によつて加治川改修の予算配分がなされたのであろう。これらの事情は上告人ら一般住民にとつては立入ることのできない領域であるが、一方、加治川の危険がそのまゝ放置されてきたことは厳然たる事実である。未改修河川にあつては、相当な確度で常に危険が存在しているのであり、沿川住民は毎年危険の恐怖を負担してきているのである。これは国や河川管理者のそれぞれの判断による政策目標の順位づけの結果であり、その政策判断によつて、満たされたものと、そうでないものとが出現しているのであるから、国や河川管理者らの判断によつて放置された危険が顕在化した場合にはその危険が予測の範囲内である限り、これを営造物管理の瑕疵として、被害者の損害を賠償するのが損失の公平な社会的負担というものではないだろうか。

以上のとおり原判決は、国賠法二条の解釈を誤り、向中条地区上告人らの本件損害賠償請求を棄却したものであり、右解釈の誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかである。

第三 営造物の管理瑕疵と回避可能性について

(一) 瑕疵と過失について

公の営造物の管理責任について、過失の存在を必要としないとすることは判例上確立した解釈である。営造物の管理の瑕疵の本質は何かについては諸説のあるところであるが、「瑕疵」とは主観的な過失を客観的な瑕疵の形で定型化したものとする加藤一郎教授らの見解もあり、瑕疵の責任を完全に過失法体系の外におくことはできないであろう。現に判例法上も、過失を要しない、との立場に立ちつつ、客観的な営造物の安全性の欠如のほかに、しばしば危険の予測可能性を論じ、結果の回避可能性を論じている。また企業や国家の活動による損害の発生形態からみても民法七〇九条の一般の不法行為と同法七一七条の工作物責任を、また国賠法一条の責任と二条の責任を峻別することも困難になつており、公の営造物の瑕疵についても、いわゆる機能的瑕疵が認められるに至つて、法の適用においても峻別の利益が問われるに至つている。

こゝでは右各法条の法的整合性を論ずるのがもとより本旨ではないので、さきに述べたような原判決の誤つた回避可能性の判断を検討するに必要な限度で、「過失」の意味を検討し、関連する判例を検討するものである。

(二) 不法行為法における過失の機能と近時の判例

1 「不法行為法の究極の問題は、広義の事故の結果発生した損害を、誰にどのように負担させるかという点にある」(加藤一郎注釈民法(19)五頁)のである。そして、その損害を妥当に、公平にかつ合理的に負担させるためには、如何なる法的な基準を設定すべきかが問題となる。

過失責任主義は、わが国だけでなく、諸外国においても不法行為による損害賠償制度の原則として採用、維持されているが、それは個性の自由な伸長と各人の社会的活動の自由の保障とを至高の価値とした近代市民社会にあつては「過失なければ責任なし」とすることが最も妥当、公平、合理的な損害の分配基準と考えられたからである。

「過失」の概念については多くの論議のあるところであるが、伝統的には過失は「なすべきことを怠つたこと、当然なさなければならない義務を尽さなかつた」ということであり、通常人ならば避けえなかつたことに帰責事由を求めるものであろう。しかし、この過失責任主義は企業活動が拡大していく過程で様々の改正を余義ママなくされていくこと周知のところである。危険責任主義や報償責任主義などの考え方がそれであり、わが民法典の中にも、工作物責任や使用者責任の規定に示されているが、判例法上でも、大阪アルカリ事件(大阪控判 大八・一二・二七新聞一六五九・一一)にみるように、危険な企業活動に対しては早くから高度な損害防止義務を課すなど伝統的な過失責任主義を克服する流れがあつた。また法制度のうえで、明確に無過失責任主義をとるものとして鉱業法(昭和一四年改正)が制定されたし、戦後においては原子力損害賠償法(昭和三六年)、大気汚染防止法、水質汚濁防止法(以上昭和四七年)を挙げることができるが、また、昭和三〇年制定の自動車損害賠償保障法三条も挙証責任の転換によつて法の運用は事実上無過失責任に近いものということができる。

2 過失責任主義か無過失責任主義かは、結局「個人の意思や活動の自由の保障ということと、社会に生起する損失をだれにどのように分担させるのが社会的な正義や公平に合致し妥当であるかということとの、二つの社会的な価値ないしは要請の間のかねあいを、どの辺に求めるべきであるか、という政策の問題に帰着する」(幾代通「不法行為法」六頁)わけであつて、今日及び将来無過失責任の承認を必要とする分野が次第に増加してくるはずであり、一時期を画したのが昭和四〇年代の一連の公害訴訟である。

いわゆる新潟水俣病訴訟で新潟地裁は加害工場に対し、「結果回避のための具体的な方法は、その有害物質の性質、排水程度等から予測される実害との関連で相対的に決められるべきであるが、最高技術の設備をもつてしてもなお人の生命、身体に危害が及ぶおそれがあるような場合には、企業の操業短縮はもちろん操業停止までが要請されることもある」(昭和四六・九・二九 判時六四二号 九六頁)と判示したが、生命・身体の危害という被侵利益のまえでは結果回避のためのコストは全く斟酌すべき事情にされていないだけでなく、操業停止をしない限り過失があることになる。

右の新潟地裁判決に代表されるといつてよい昭和四〇年代以降の公害訴訟や薬害訴訟においては、危険を大量に創出する加害企業に対して根限に近い予見・結果回避義務が課されており、この種の不法行為においては少なくとも伝統的な過失責任主義をはなれ、法の運用においては事実上無過失責任主義が導入されたとみることができる。

(三) 裁判例にみる「結果の回避可能性」について

1 過失や営造物の管理の瑕疵の本質を、結果の防止義務違反と見るのかどうかは諸説のあるところである。これらの問題についての講学上の論議はさておくとして、これまでの判例をみると、国賠法二条に基づく損害賠償においても営造物の管理者に明示的あるいは黙示的に一定の結果防止義務が存在することを前提として、一般の不法行為や国賠法一条の場合と同様に危険の予測可能性や、損害の回避可能性の存否が、多くの場合、問題とされていることは事実である。

いうまでもなく、加害者側ないし営造物の管理者に高度な結果防止義務を設定すればするほど危険の予測や結果の回避への法的な期待が高くなるわけであるが、国賠法二条の営造物責任や同法一条の責、任についてはどのようであるか、以下に二〜三の事例を簡潔に検討したい。

2 まず函館バス転落事件であるが、バスを海中へ転落させた地すべりの予知について、地すべりの「予測が可能であつたか否か、および道路管理者が如何なる措置を講ずべきであつたかの判断基準は、災害発生時における我が国の土木工学、地質学等道路管理上関係を有する科学技術の水準によるべきであり、直接の道路管理者又は現場における管理の実務遂行者の知識、経験によるべきではないと解する」(札幌高裁判昭四七・二・二八判時六五九号二二頁)と判示している。

右事例は、当該事故の前日まで異常現象は何ら認められなかつたが、当日、地すべりの前兆たる事象が人々の認識の範囲に入つてから僅か三時間ぐらいで発生したという急激なもので(一般に地すべりは緩慢な進行をするというのが経験上の知識である)道路管理の実務担当者の経験では、いくつか目撃された路面等の亀裂や擁壁の倒壊などから地すべり発生の危険が切迫していることを予知することはできなかつたし、本来特定の地区での地すべりの予知は、学界の最高水準をもつてしても極めて困難な作業でもある。そこで、かりに科学の最高水準をもつてすれば、具体的な地すべりの予知ができるとして、常に道路管理者に右最高水準の科学知識を要求することは、現実の問題として不可能と言わざるを得ない。従つて、判示された事情の下では、道路管理者らにとつては、危険の予測自体が不可能であつたから、右判決で指摘するような道路の閉鎖もすることができなかつたわけであり、常識的には結果の回避可能性がなかつたものとも言いうるであろう。

では右判決の判示は不当であつたかというと、それは全くそうではない。まず、危険の予知や結果の回避を講ずるについて必要とされる知識、経験の水準を、その時点での最高の科学技術水準においた点であるが、これは専問ママ的な知識や情報の集積が厚い国や自治体の営造物の管理の瑕疵を問う場合当然のことであるし、危険の予測についての高度な注意義務の設定についても、これは結果として発生した損害(乗客の死亡)を被害者たる乗客と道路管理者たる国等のいつれに負担させるかという損失の分配基準なのであるから道路管理者に不能を強いたものとの非難は当らないのである。結局道路やバスの安全運行を信頼した無過失の乗客に、死んだのは運が悪かつたのだと諦めさせるのと、結果回避の可能性が抽象的には存在した道路管理者たる国にその損失を填補させるのといつれが損害の分担として公平・妥当・合理的かという判断なのであつて、上右人らはもとより判旨に賛成するものである。

道路の管理の瑕疵に関していえば、右にみたような函館バス転落事件と同様、危険の予測について高度な注意義務を認めた事例として飛彈ママ川バス転落事件の名古屋高裁判決(昭四九・一一・二〇高民集二七巻六号三九五頁)が存在するし、回避可能性の幅をきわめて広く認めた事例として高知国道落石事件における最高裁判決(昭四五・八・二〇民集二四巻九号一二六六頁)を挙げることができる。右最高裁判決自ら「本件道路における防護柵を設置するとした場合、その費用の額が相当多額にのぼり……予算措置に困却するであろうことは推察できる」というように、物的設置による災害対策は容易なことではなく、また当該の事故発生当時(昭和三八年六月)の道路管理の一般水準からすれば、道路の一時閉鎖の措置なども採用の限りではなかつたのであり、従前の道路行政を前提とする限り結果の回避は極めて困難であつた事例であろう(同事件の上告趣意書参照)。

これら一連の判例を概観すると、生命・身体など重大な法益が浸害された場合、営造物の管理の瑕疵の前提として必要とされる危険の予測可能性ないし損害の回避可能性は、営造物管理者が従前一般的に行つてきた管理行為を基準として、これを尽くしたか否かによつて、その存否がきまるのではなく、その危険の防除のために客観的に必要とされる行為がとられたか否かできめられていることが理解される。そして前記最高裁判決(高知落石事件)が「国内賠償法二条一項の営造物の設置または管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい、これに基づく国および公共団体の賠償責任については、その過失の存在を必要としない」とするのは右趣旨を指すものと理解されるのである。

3 国賠法一条関係では輸血梅毒事件あるいは野犬幼児咬殺事件等を挙げることができる。

まず前者の事件であるが、これは輸血によつて梅毒に感染した患者からの国に対する賠償請求を認容した最高裁判決(最判昭三六・二・一六民集一五巻二号二四四頁)である。国立大学付属病院の医師が職業的な給血者から輸血のために採血するに際して、「売春婦と接したことがあるか」といった趣旨の問診をしなかつたという点をとらえて過失ありとし、その血液の供給を受けた患者に損害賠償を命じたものである。右事件において、前記の趣旨の問診によつて、編血者が梅毒に罹患していることを発見できたとも思えず、右事件については、常識的には予見不能ないし予見困難とみられる場合になお注意義務を認めたものであるとの評がなされている(我妻栄・有泉享ママ・四富ママ和夫「事務管理、不当利得、不法行為」一一四頁)。

野犬幼児咬殺事件は野犬に四歳の幼児が咬殺された事件だが、条例に基づき野犬を捕獲、抑留ないし掃蕩する権限を有する知事に右権限を適切に行使しない作為義務違反があつたとして国賠法一条により県に損害賠償責任を認めたものである(東京高判昭五二・一一・一七判時八七五号一七頁)。

右判決によれば、事故が発生した昭和四六年頃の野犬等の捕獲、抑留の実情は「実際に捕獲、抑留を担当する捕獲人は、千葉県全体では二二名、木更津保健所では二名がいるのみであつて、これらの捕獲人が捕獲車で巡回を行い或いは地元市町村の協力を得るなどして野犬等の捕獲、抑留に努め、一年間に県全体で四万ないし五万頭、木更津保健所管内で二、〇〇〇ないし三、〇〇〇頭にのぼる成果をあげていたものの、野犬等の繁殖や飼い犬の新たな野犬化による増加があるため右捕獲、抑留も犬数の増加を抑えるのが精一杯であり、県全体で約四万頭、木更津保健所管内で二、〇〇〇ないし三、〇〇〇頭と推定される前記野犬等の数を積極的に減少させる効果はあがつていなかつた」という状況にあり、本件事故は「これらの事故の発生を防止するためにとられてきた各種の施策とくに野犬等の捕獲、抑留ないし掃蕩がその増加を抑えるのが精一杯で積極的にこれを減少撲滅させるだけの効果がなかつたことから、いわば必然的に発生したといつてもよいものである。」というのであるから、当時の千葉県内での野犬取締の実情からすれば、野犬による咬傷事故の絶滅は到底期すべくもない状況であつたのである。それ故本件においても、従前の野犬取締の行政の一般水準を基準にする限り事故回避の可能性がなかつたことになるのではなかろうか。

4 これら一連の判例を概観すると、国家賠償法において国、自治体等の負うべき結果防止義務について以下のような法則を引出すことができる。生命・身体その他重大な法益が侵害されて公の営造物の管理責任や行政の作為、不作為の責任が問われた場合、当該の危険が予測される限り、結果の回避可能性は、抽象的に存在すればよいのであつて、それまでの行政の管理の一般水準や現場の実務担当者の能力に照らして具体的に存在する必要はないのである。

従つて、当該の営造物の管理の一般水準や当該の実務担当者の能力からすると結果の回避が困難である場合が存在することになるが、それをもつて回避可能性なしとか管理の瑕疵なしとしないのである。

5 国家賠償法において、結果の回避可能性が抽象的に存在すれば足りるとすることは、むしろ当然である。強大な国家と個々の市民との間では、通常人の注意能力を基準とした「なすべきことを怠つた」という伝統的な市民法的な過失責任の分配基準は妥当しないというべきである。営造物の予測される危険が放置され、それによつて国民が甚大な被害を蒙つたとき、そのひとりひとりには破滅的な損害を単にひとりの国民に負担させないで、社会的に分担する意味で国家が負担することは、危険の社会的分散、損失の社会的分担という点で、損害賠償法の基本に適うものである。

6 右の点を重ねて述べるならば、営造物の管理の瑕疵の判断基準は、営造物の通常有すべき安全性を欠いたか否かということになるのであり、これは、事故の原因者と被害者との間の分配法則として最も妥当性を有するものである。

高知落石事件で最高裁が管理の瑕疵の認定に際し予算の制約を免責の抗弁として認めなかつたことは、近時の公害訴訟判決において、企業の過失認定にあたり損害の防止のための費用を考慮に入れなかつたことと均衡するものであるし、同じく右最高裁判例が、結果発生の防止について、相当な営為をなしたことによる免責の可能性を残しつつも、営造物の管理の瑕疵には過失の存在を必要としないと判示している点は、同じく近時の公害訴訟判決において、加害企業に高度な結果防止義務を課していることと対応するものといいうるであろう。

以上のとおり、営造物が通常有すべき安全性を欠いたとき、管理の瑕疵があるとすることは、今日の広義の不法行為法の中にあつて、十分な均衡と整合性をもつ損害の分配基準であるから、営造物の種類によつてこれが異るということはありえないことなのである。

(四) 原判決の免責及び瑕疵の判断基準の誤り

ひるがえつて原判決の河川管理の瑕疵判断を検討すると、前記のように、向中条等の仮堤防の強度についても、また加治川下流部の改修の遅延状況についても、河川工事ないし、河川管理の一般水準を基準として、これを満すときは危険の放置について管理者は免責されるとするものであるが、これは既に検討した先例に照らし明らかに不当である。営造物が予測される危険に対して安全性を欠いていたときは瑕疵となるのであり、その危険が放置されていた以上当該営造物が同種の営造物と同じ程度の安全性を有していたことは免責事由となるものではなく、本件仮堤防についていえば、在来堤防に比し、一〇〇倍も透水性の高い欠陥堤防を設置したことがまさに瑕疵なのであり、加治川下流部全体についていえば、未改修のまま放置したことが瑕疵なのである。

さらに、原判決が、結果回避の可能性を、河川管理の実務担当者の能力の範囲でしか考えていないことも誤りである。即ち特に仮堤防の設置について、新潟県新発田土木事務所の限られた能力を前提として、本件向中条(西名柄も同様)地区仮堤防のような透水性の大きい、安定性に欠けた堤防を設置したことも已むを得なかつたとするのであるが、このような判断は二重に誤つている。

本来、営造物の管理の瑕疵の認定に必要とされる結果の回避可能性は抽象的に存在すればよいのであるところ、河川工事の一般水準によればかりにそれが緊急を要する工事であつたとしても、一〇時間とか二〇時間とかの洪水継続時間に耐えらる土堤を築堤することは何ら困難ではない。現に八・二八水害後、向中条、西名柄においては再度の仮堤防の設置にあたつては、被上告人らが大量の採取は困難としていた茗苟谷の土を大量に使用して盛土・築堤したのであるし、かりに七・一七水害の仮堤防においても、表法面に僅か三〇センチメートル程度の被覆土を施しても、透水性の関係ではおよそ堤体敷巾を三〇〇メートル程度拡大した効果が得られるなど、十分河水の浸透を防ぐ方策が存在したのである。

このように、本件向中条仮堤防(基本的には西名柄も同様である)の浸透崩壊を防ぐ手段は抽象的にも、具体的にも存在したのである。

右のような事情にあるのに、原判決は、具体的な回避可能性がなかつたと判断を誤り、かつ、具体的な回避可能性が存在しない以上、本件仮堤防等の瑕疵は存在しないと誤つた法解釈に基づく判断をなしたものである。

以上のとおり、原判決の判断の誤りには事実の誤認を含むものであるが、国賠法二条の解釈の誤りにより、その結果向中条地区上告人らの損害賠償請求を棄却したものであるから、原判決は破棄さるべきである。

第四章 向中条地区堤防と管理瑕疵

一 原判決の認定とその問題点

1 原判決の仮堤防についての判示要旨

原判決は向中条地区の破堤原因については、「向中条の仮堤防の破堤は雨水及び河水の浸透により裏法が崩落した後、崩落により沈下した堤防の一部に河水が流れ込んで生じた浸透と溢水の競合による破堤と認める」とした。

そして「同仮堤防が在来堤防に比して脆弱であつたことは否み難いところである」と認めながら、「一定の時間的、場所的、財政的諸制約のもとで、在来堤防に匹敵する安全性を有する仮堤防を築造することも困難であるから」、仮堤防については、「河川法一三条が予定している一定の技術的水準に基づく安全な構造を有するものとして設置されることを期待するのは無理なこと」であるとした。

結局原判決は「本件仮堤防が当時の河川工事の一般的水準及び社会通念上具備すべき通常の安全性を欠如していたことによるものであるとみるよりは、右降雨、洪水の規模が異常であつて、前記のように制約された諸条件のもとで築堤された仮堤防の耐えうる強度を越えていたためであると認めるのが相当である。」として向中条地区の破堤について河川管理の瑕疵を否定した。

2 原判決の問題点

(一) 原判決は向中条地区の破堤原因については、上告人ら主張のように、仮堤防の浸透崩落、浸透破堤の事実を認め、仮堤防は在来堤防より脆弱と認めながら河川管理の瑕疵を否定した。脆弱と認めながら瑕疵を否定した理由は、仮堤防には河川法一三条の適用はなく、同条の求める構造上の安全性を具備していなくともやむを得ないとする独自の「仮堤防論」に基づくものである。

本章の問題の第一はこの原判決の「仮堤防論」である。

「仮堤防」については、河川工学上も河川法上も何らこれについて特別に定義するところがないが、河川管理施設であることには間違いがない。そうとすれば河川法一三条の定めるところに従つて安全な構造でなければならずその機能として少くとも連続する在来堤防とほゞ同一の強度が要求されることは当然である。但し本件においては、七・一七水害後の毎秒三、〇〇〇立方メートルの改修計画に基づく本堤防設置までの一定期間(二洪水期)のみ存在が予定されるものであつたから、永久的に設置される堤防とは異なり、その機能維持が短期間保障されればよいという条件の相違はある。連続する在来堤防との相違が許されるのは、この暫定性だけからくるものであつて、仮堤防が存置する限り、洪水に対する安全性が在来堤防より劣つていてよいとする理由は全く存在しない。原判決も「仮堤防は工事期間中にのみ存するとはいえ在来堤防と同様の機能を果すことになるものであるから、その背後地の安全を守るうえで、在来堤防と同等の強度及び構造をもつように設計、築造されることが望ましいことはいうまでもない」とするのであり、原判決が仮堤防には河川法一三条の適用がないとする理由づけは、唯一つ、原判示の諸制約のもとで在来堤防に匹敵する安全性を有する仮堤防を築造することは困難とする点だけである。それ故、原判示の諸制約のもとでも、在来堤防に匹敵する安全性を有する仮堤防の設置が可能であるとすれば、原判決の前掲の結論は最早維持されなくなる。本章の二では、原判決判示の事情のもとでも右仮堤防の設置が可能であることを述べる。

(二) 第二の問題は、仮堤防への河川法一三条の適用の有無は別として、原判決が仮堤防の浸透崩落、浸透破堤を認めながら、仮堤防の設置、管理の瑕疵を認めなかつたことである。原判決には、浸透破堤をするような堤防を造ることが、土本技術的にみて許されることでなく、どれだけ恥ずべきことであるかという問題認識がない。

これまで向中条地区の破堤原因について、被上告人らはどのように争つてきたか。原判決認定のように八月二八日夕刻には、すでに規模の大きい裏法崩れが発生しており、浸透崩落の典型的な現象が発生しているのに、被上告人らは、これを雨裂であるとか「ガリ」であるとか主張して、浸透崩落の事実を必死に覆い隠そうとしてきた。これは、河川管理者にとつて浸透破堤はあつてはならない恥ずべき事態であつたからである。本章の三では浸透崩落、浸透破堤は典型的な堤防の瑕疵であり河川管理の瑕疵に当ることを主張する。

二 原判決の「仮堤防論」の誤り

1 公平を欠く原判決の論理

原判決が仮堤防に在来堤防に匹敵する安全性を求めることは無理である、としている点は、上告人らにとつては正に暴論である。原判決の論理は七・一七洪水において、加治川下流部で最も安全性の低かつた向中条地区が、七・一七破堤後さらに劣悪な状態におかれることを甘受せよ、ということである。結果八・二八洪水で現実にそうなつたように、一定規模の洪水が来襲すれば、真先に向中条地区が決壊することになるのである。そして連年最も激甚な災害を蒙ることになるのであつて、これは単に地元の住民感情として受容できないというだけでなく正義・公平に反することである。破堤という生命の危険さえ生ずる最悪の河川事故を発生させたならば、二度とその地区には同様な災害をもたらさないように措置をとることが河川管理者のつとめである。

原判決は前記のように、仮堤防の設置には、時間的、場所的、人的、物的、財政的諸制約があるから十分な強度を要求することは、困難であり、仮堤防には河川法一三条の適用がないという。しかし、このような制約の下でも、流水の堤外への流出を防止する堤防の機能として在来堤に匹敵する仮堤防を設置することは、左程困難なことではないのである。いくつかの対策が存在するので順次これを述べよう。

2 十分可能な浸透対策

まず第一は、本件仮堤防の被覆土に使用した茗荷谷あるいは五十公野の土を河川敷の砂礫などとともに堤体盛土に用いて築堤することである。湯浅鑑定によれば、この被覆土の透水係数は最大のもので2.2×10-6cm/secであるから、仮堤防の砂丘(6×10-3cm/sec)との透水係数は、一、〇〇〇倍程度違うことになる。この土は水に会うと流動化しやすい特性を持つとはいえ、透水性が非常に小さい(在来堤の土よりもさらに一〇倍小さい)ので、この土を堤体盛土に用いれば雨水、河水の堤体内への浸透について全く問題は存在しない。

上告人らは、これまで被上告人らに対し、このような土を使用すべきであつたと主張したが、被上告人らは緊急な事態であり茗荷谷での土砂の大量採取は困難であつたと答弁していた。しかし、八・二八破堤後は茗荷谷から大量の土砂を採取し、永川敷の砂礫とともに八・二八後の仮堤防を築堤したのである。湯浅鑑定によると、八・二八破堤後の仮堤防の盛土については、良い試料が得られず、室内土質試験は行わなかつた、としているが、同鑑定人の視察によれば、「築堤用材料としては、締め固めの難易、強度、透水性のいずれにおいても、通常の施工のもとでは問題が生じない」とされている。加治川のように山地を周辺に持つ河川では、築堤により土砂を調達することに左程の困難はないのである。被上告人らが調達しようとするかどうかだけの問題なのである。

第二に、かりに七・一七水害の際には茗荷谷や五十公野の土砂を大量に採取できず、砂丘砂の使用がやむを得なかつたとしよう。この場合にも、本件仮堤防のように、表法面を丸裸にせず、そこに(堤防の断面でみるとき蛇篭が設置されている部分)僅か三〇センチメートル程度の被覆土を施工すればよいのである。仮堤防の砂丘砂と右の被覆土では前述のように透水係数が一〇〇〇倍程度違うから、計算上は、被覆土三〇センチメートルで、砂丘砂の堤体三〇〇メートルに相当することになる。河水の堤体への浸透が大巾に減じられたであろうことは疑いない(なお、原判決は上告人らのこの主張を事実摘示の中で記述しながら、理由中の判断=第二の二の(二)の(3)の(ロ)のd=では、上告人の主張を「第一審原告らは、……止水材料として、例えば八・二八水害後の復旧堤防に使用したコンクリート張りなどを使用すべきであるのに、そのような配慮がなされていない旨主張する」とすり替え、ブロック張りは止水効果がないと判断するに止め、表法面への被覆土工についての上告人らの主張については判断を脱漏した)。

第三に、右のような措置もとれないとして、砂丘砂を主たる素材として築堤する際、河川敷の砂礫をこれに混入して用いることによつても堤体の安定性は大きく増したはずである。

第四に、仮堤防の表法面に(被覆土のかわりに)河水の浸透を防ぐためのビニールフィルムを張つてその上に蛇篭を配するとかの措置は、極めて容易にとりえたはずである。この措置はビニールフィルムの破損のおそれもあつて長年月防水機能を維持することは困難であろうから、正に暫定的な措置であるが、河水の浸透を防ぐ力は大きく、二〜三年の洪水期は優に凌ぎえたはずである。

3 河川法一三条、国賠法二条の解釈の誤り

以上に述べたとおり、七・二七破堤後仮堤防の設置にあたつて、在来堤の安全性に匹敵する堤防を築造することは容易であつたのであり、これを困難とする原判示は誤りである。したがつて、在来堤の安全性に匹敵する仮堤防の設置は困難との前堤ママに立つて、「在来堤と仮堤防との間に格差があつて当然」とか「仮堤防については、河川法一三条が予定している一定の技術的水準に基づく安全な構造を有するものとして設置されることを期待するのは無理」との判断も当然維持されないところである。

要するに七・一七破堤後、少くとも在来堤防とほゞ同等な強度を有する仮堤防を設置することは困難でなかつたのであり、その意味で、八・二八洪水において、本件のような浸透破堤を回避することは十分にできたのである。原判決は、右回避手段の存在についての判断を誤り上告人らの主張に対する判断の脱漏というミスも加わつて、河川管理施設たる仮堤防に河川法一三条の適用がないとの独自の見解のもとに同条の要求する安全な構造を有していなかつた仮堤防の設置について管理の瑕疵なしと判断したのである。原判決の河川法一三条、国賠法二条一項の解釈の誤りは明白である。

三 堤防の瑕疵についての解釈の誤り

1 浸透破堤と瑕疵

(一) 原判決は向中条地区仮堤防が、河川法一三条の要求する安全な構造を有していなかつたことを認めながら結論として仮堤防について管理の瑕疵を否定した。仮堤防には河川法一三条の適用がないというのが形式的な論理だが、原判決には堤防は浸透崩落を起こしてはならず、浸透破堤は許されない、という極めて当然の常識、経験則が欠けている。管理の瑕疵の判断を誤つたのはその結果である。

(二) 土の透水係数は極めて小さい。このことは在来堤防の盛土や被覆土の透水係数(湯浅鑑定参照)を見れば明らかである。従つて七・一七、八・二八の両洪水に耐えた加治川の場来堤防の例でも明らかなように通常の土を用いて、通常の施工を行えば、雨水や河水の堤体への浸透による影響を心配する心ママ要はなく、それらの浸透による法面崩落や浸透破堤は起こらない。堤体盛土に砂礫を用いる場合でも、これに被覆土工を施工すれば十分に対応できるのである。

土質工学ハンドブック(九二二頁)によれば、「堤体が比較的均質にできていれば浸透水は割合均等に流れ堤体を損ねることも少ない。しかし不均質な堤体では浸透流はどうしても透水性の大きい層とかキレツなどに集中するため、局部的に浸食作用が働くようになる。そのため土の中の微粒子を洗い流し、除ママ々に水みちを拡大し、ついにパイピングを誘発する。堤防の施工にあたつて、水みちとなりやすい弱点を堤体内に作らないよう注意することが大切である。」とされているように通常の土堤防(砂礫体に被覆土工を施工したものを含む)では経験的に一〜二日程度の高水継続で浸透破堤が起こることはなく、まして一〇時間とか二〇時間程度の高水継続で浸透崩落をすることはない。それ故右程度の高水継続で(高水の継続時間と降雨量とはほゞ比例するので、特別の場合―特に時間降雨量が異常に大きかった場合など―以外、これを別に考慮する必要はない)、法面崩落を発生させるような堤防は、本堤防であろうと仮堤防であろうと河川工学、土木工学上は欠陥堤防となるのである。近時の茨城県・小貝川の堤防決壊のように、浸透破堤はまゝあることであり、これらの事件は大きく報道されるのであるが、それは通常起こつてはならない事態であるからであり、異常なことだからである。

(三) 右のことから、一〇時間とか二〇時間程度の高水継続時間で法面崩落を起こし、遂には流水の荷重に耐えられずに破堤するような堤防は、正に欠陥を内在しているのであり、営造物の瑕疵とママとしては、講学上、内在的瑕疵とか物理的瑕疵といわれるもので、営造物の瑕疵の分数では最も典型的な瑕疵類型に入るものである。本件仮堤防の有する欠陥は、道路の穴ぼこのようなものであり、このような状態を「通常有すべき安全性を欠いたもの」とするのは通説、判例の一致するところである。

2 「設計上の強度」を欠いた仮堤防

(一) にもかかわらず原判決は管理の瑕疵を否定した。原判決は降雨や洪水が異常であつたとか、仮堤防の設計段階の洪水継続時間は一一時間であつたところ、破堤までに高水は一二時間継続していたとかの事情を述べるのであるがこれらは全く理由にならない。本来一〇時間余の高水継続で堤体が崩落、破堤すること自体論外であること前述のとおりであり、仮堤防の設計上の高水継続時間が一一時間であるという点は、これは被上告人らがあとから辻つま合せとして出した計算であつて(堤防の堤高と敷巾によつて耐えうる高水継続時間は異つてくる。設計上の継続時間を長くすれば、当然に堤高、敷巾をより大きくするのであるが、本件仮堤防の堤高や敷巾はかなり便宜的にきめられたものであり「要するに旧堤防もしくは在来堤防の天端と同じ堤高としたことに設計施工の重点がおかれた」こと原判決認定のとおりである。それ故、仮堤防の設計段階で高水継続時間を具体的に想定したとは考えられず、また、この設計に合わせて施工したとも考えられないのである)、これをもつて本件仮堤防は設計の時間内は機能を果たしたのだから瑕疵は存在しない、というようにはならないのである。

(二) 被上告人らのいう本件仮堤防の設計上の高水継続時間と、現実の仮堤防の浸透に対する強度とを比較すればむしろ、本件仮堤防は設計で予定した強度を有していなかつたことが法面崩壊の経過から明白である。即ち原判決も認めるように、八月二八日「午後五時頃にかけて、中野長助宅付近の裏法尻の杭が押し流されるという事態が起き、やがて一〇メートルにわたつて、同所に崩落現象(いわゆる裏落ち)が生じた。そのため、作業に当つた人達は急拠裏落ちの箇所に土のう積みを集中して行つたが、土のうを積むと崩落は一時的にとまつたが、その上部の裏法から水が湧き、このようにして崩落現象は除ママ々に上部の天端へ向つて拡大していつた」のであり、降雨が小康を保つていた午後六時、七時、八時頃も裏法尻の軟弱化は依然やまなかつたのである。

右のように裏法面に大規模な崩落が起き、土のうを積むとその上部から水が湧くという典型的な河水の裏法への浸透流現象が発生したのは、高水状態がはじまつて僅か五〜六時間後のことだつたにせよ、仮堤防の設計高水継続時間が一一時間だというのであれば、起こつてはならないはずの現象である。その後数時間仮堤防が存続しえたのは、消防団員や地元住民、自衛隊員らの必死の水防活動があつたからであり、これがなければ、おそらくは日没とともに本件仮堤防は流失していたことだろう。

このように本件仮堤防は、設計上の高水継続時間さえ耐えられず、設計上の強度さえ有しなかつたのであり、どのような観点からしても瑕疵ある堤防だつたのであり、このような堤防を設置した河川管理者の管理の瑕疵が問われるべきものなのである。

四 まとめ

以上のとおり原判決は、本件向中条仮堤防の破堤についての河川管理の瑕疵の判断につき、本件仮堤防に、在来堤防に匹敵する安全性を求めることは困難との誤つた前提のもとに、本件仮堤防に河川法一三条の適用を認めなかつたこと。

本件仮堤防は河川法一三条が要求する安全な構造を有していず、本来起こしてはならない法面崩落や浸透破堤を発生させた本件仮堤防について河川管理の瑕疵を否定したこと。

以上は、河川法一三条の解釈を誤り、国賠法二条一項の解釈を誤つた結果であること明白であり、この誤りが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから原判決は破棄さるべきである。

第五章 西名柄地区堤防の管理瑕疵

原判決には第一に理由齟齬があり、第二に国家賠償法二条の解釈を誤り同条項に違反する違法がある。

一 原判決の理由齟齬

1 原判決は、下高関地区堤について、改修計画の未達成及び張芝の未成熟等のため同張芝部分に弱点ありとし、これを補うべき水防活動の必要性を説き、これを欠いたことにつき河川管理の瑕疵を認めた。

しかるに西名柄地区堤については、右張芝部分と同様、切下げ部分の弱点を正当に指摘しながら、これを補うべき水防活動・応急措置については安易に解し、慢然「応急措置の限界若しくは切下げに伴なう危険の範囲」のこととして免責して、彼我その理由に齟齬がある。即ち原判決は、西名柄地区について、その切下げにあたつて県は洪水が発生した場合の応急措置を計画していたとし、その故をもつて切下げの点につき管理瑕疵を否定するのであるが、他方実際にとられた応急措置についての事実認定をみるに、右計画に従つた応急措置が全くとられずに徒らにこれが遷延し、このため破堤に至つた事情を正しく認定しながら、慢然その修復の不完全を応急措置の技術上の限界ないし切下げに伴う危険の範囲内として許容すべきであると判ずるのである。

原判決が、本件破堤の原因を、切下げ土のうで修復した部分からの溢水とし、「本件仮堤防の切下げ後の修復が完全に行わわれればあるいは破堤を免れたのではないかと考える」とするだけに、右齟齬が判決に影響を及ぼすことが明らかである。

2 本件仮堤防が工事用仮設物である一面をも有していることを考慮すると、河川改修工事の途上やむえざる必要に基づき切下げられ、その実施の時期及び程度・方法が相当であるならば、右切下げに伴ない通常予想される洪水の危険に対処する措置の講じられるとき、右切下げが原因となつて破堤があつたとしても直ちに管理責任を問いえないと、一応いえよう。

そして切下げにより、その脆弱化即ち同切下げ部分からの溢水、これに応急措置を施した場合の漏水及び浸透等の危険、並びに天端上での土のう積み等水防活動の困難のあること明らかであるから、仮堤防といえども本来の堤防としての一定の機能、効果の期待されているものであつてみれば、切下げによつて生ずる脆弱を補なうため能う限りの対策のとられなければならぬのは、けだし当然である。

右の措置を本件についてみた場合、切下げ部分を切下げ前の高さに復するのみならず、能う限りその強度においても旧に復すべく、もつて修復後の天端での水防活動を可能ならしめるものでなければならない。けだし水防活動の重要性については原判決も下高関地区堤につき説くとおり、本堤防ならぬ仮堤防であれば一層のこと、必要と解されるからである。

3 ところで原判決の認定によれば、本件切下げはわずか高さ五〇センチメートル、延長一二〇メートル、土砂量にして二三〇立方メートルにすぎないとのことである。又緊急事態に対処するため、①原ママ場に加賀田組従業員(三〇名)、ダンプトラック三〇台及びブルトーザー三台を予め配置し、②直近に右切下げ土砂量に優に数倍する土砂採取場を予定(しかも浜砂のように単一砂ではなく、土まじりの築堤材料として格好な土砂である)、③更に県土木事務所に麻袋(二、〇〇〇乃至、三、〇〇〇袋)及び杭等の水防資料を備蓄していたというのである。

はたしてそうだとするならば、本件切下げ部分を前記のとおり復旧するのは、いともたやすいことであつたといわねばならぬ。そして右にみた準備に加えて、鋼矢板とこれが打込みに要する機械並びに臨機の周辺水防団の呼集体制がととのつていれば本件切下げ部分を復旧するにはほゞ十全であつたとみられ、しかもこれらの手配は当時本件現場については十分可能であつたのである。

従つて右の体制の下、時を逸せず復旧活動がなされたならば、本件切下げ部分は完全に復旧され、結局本件西名柄地区堤の破堤はなかつたといわねばならぬ。

4 ところが本件破堤並びにこれを先だつ水防・復旧作業の現実をみるに、原判決の認定するところ概略次のとおりである(原判決理由 第三、二)。即ち昭和四二年八月二八日、午前中からの降雨で加治川が除ママ々に増水していたので、同現場を請負つていた加賀田組は作業を中止し、午後零時頃より同三時頃までの間重機資材類の引上げをしたが、その間増水は進み右完了の頃には水位が仮堤防の鋼矢板上端をこえていたのでその旨加賀田組より土木事務所に架電したところ、切下げ天端復元の準備方の指示があつた。そこで加賀田組は麻袋及び土砂運搬の手配をしたが、その頃土砂採取を予定していた地区は水浸しとなつて採取ができず、結局遠隔の太郎代浜・松浜からの採取に切替え又麻袋も、備蓄したものが小河川の水防作業のため持出されていてなく、このため急拠新潟市内から調達することになつた。午後六時頃に至つて漸く麻袋及び土砂が搬入され、午後六時半頃より復旧作業が本格化したが、その間も降雨及び増水が続き、午後五時には大雨洪水警報が発令されていた。

復旧作業は、同日午後九時段階には麻袋を下三列、上二列、高さ六段にほゞ切下げ前と同高に積まれるに至つたが、なお不揃いで中央は低くなつている状況であつた。その後、ブルドーザーによつて右麻袋積に腹づけがなされ又漏水防止にビニール張りが施されるなどした。作業は一時中断後午後一一時頃より再開されたが、一一時三〇分には水位は土のう積上端より四〇センチメートル下りに至つて水面は波打ち、明けて八月二九日午前零時三〇分には土のう積みの隙間から漏水がはじまり、午前一時には右漏水が著しくなるとともに溢水しはじめ、午前一時半土のう積区間中央部の溢水巾は三〇メートルにもなり、やがて同部分から水勢に押し流されて破堤するに至つた、というのである。

5 そこで右経過について県のとつた措置の適否を検討してみる。

第一に、指摘しなければならぬのは、対策の遅れである。二八日午前中に既に、相当の降雨増水がみられ、加賀田組はその作業を中止する程であつたが、同組は先ず自社所有の重機類の引上げをししかるのち土木事務所に状況を報告し指示を求めているのである。このため盛土用土砂の採取にむかつた時には同採取地は水没し、又麻袋も持ち出されており、このため遠隔地から右土砂及び麻袋を調達しなければならなくなり、復旧作業は午後六時になつて漸く本格化、結局十分な復旧というには程遠いものにとどまつた。早期に措置がとられたのであれば十分な復旧ができ、結局本件破堤に至らなかつたと思料されるのである。

第二に、水防資材の配置、備蓄及び管理の不十分な点である。即ち県土木部は、本件切下げ部分の応急措置用としてダンプトラック三〇台外前記の人員・資料を配置・備蓄していたとするのであるが、二八日午後の時点で現場にあつて稼動したダンプトラックは七・八台にとどまり、又水防活動にとつて基本的資材である麻袋についても、本来二〜三、〇〇〇あるはずが、全く存しないという状況にあつたのである。このことは、麻袋に関して言えば、結局、本件西名柄地区堤防切下げ復旧用には全く準備がなかつたということを意味する。けだし加治川本川中の本体ママ堤防に復旧等水防活動の必要の生じた状態とは即ち、他の周辺中小河川はいうに及ばず加治川の他の地区堤にも多かれ少なかれ、水防活動が必要になつた状態であつて、周辺一帯から麻袋外水防資材の供給を求められる時期なのである。このことは当然予想しうべきであつて、にもかかわらず本件堤防の復旧に必要なときこれがなかつたということは即ち、もともと本件堤防用の備蓄が全くなかつたが、百歩譲つても周辺一帯の水防活動に備えた量が絶対的に不足し且つその計画的出荷管理を欠いていたため、と解せざるをえないのである。

又、これらの外、雨裂、漏水防止用のビニール等資材も十分でなかつた。

第三に、水防活動の指揮・監督ないし指導の体制の不十分な点である。水防活動を要するものかどうかの事実上の一次的判断が現場の一企業の代理人に委ねられていた。加賀田組は増水に先ず自己の損害回避をはかり、これに三時間余費しておえたあと漸く、土木事務所に連絡をとつた。このため土砂外防水資材の入手が大巾に遅延したこと前記のとおりである。危急時、切下げ部分の復旧方について十分な研究と準備の下、予め現場責任者らに連絡の要否の基準や復旧準備等につき適切な指示がなされているか、又は降雨・増水の気配とともに県の専門技師を適宜派遣して指揮等にあたらせる体制をとゝのえておくべきであつた。しかるに本件では、これを欠いたのである。

6 本件切下げについて原判決は、その時期等の相当とともに応急措置の計画があつたとして、その管理瑕疵責任を否定した。

ところが右計画は殆ど実行に移されることなく、本件破堤に至つているのである。このことは、もともと右計画自体机上の空論であつたか、あるいは本件事故後責任回避のため策出されたか、はたまた右計画を実行に移すべき現実の施策を欠いていたことを意味する。しかるに原判決はなお一審被告らの管理瑕疵責任を否定しつづけ、現実にとられた応急措置についても、これを当初の計画とその現実的可能と対比して検討することなく、慢然応急措置としての限界若しくは切下げに伴なう危険の範囲内のこととして免責するのである。その不当は多言を要しない。

二 国家賠償法二条違反と本件西名柄堤の管理瑕疵

1 原判決は、西名柄地区堤の破堤が右堤防の切下げ及び修復に起因するとしながらも、それらは社会通念上是認せられる範囲内のものであるとして管理瑕疵責任を否定する。しかしながら、国家賠償法二条一項の瑕疵とは、前記第一にのべたとおりであつて、営造物の安全性が欠如している客観的状態をいうのである。

しかるとき本件西名柄地区堤並びにその切下げには次の瑕疵がある。

2(1) 切下げの点

県土木部は、台風シーズンの出水期を控えながら昭和四二年八月一〇日頃本件仮堤防を上流在来堤との接合部より下流に向つて一二〇メートルに亘り天端高より一、二メートル削りとつて放置しておいた瑕疵がある。

重機等の搬入出のためには、他にとりうる方法があるのに、安易に堤防削りとりによつたもので、その程度も著しく(なお削り取り高五〇センチメートルとする原判決の認定は事実誤認である)相当性を欠く。又その時期も失当である。けだし八月は加治川にとつて出水の多い時期であり、このことは、一審被告ら提出の乙第一号証(「加治川治水沿革史」)によつても明らかである。例えば、一六七二年の上小松破堤、一七五七年の島潟、小松破堤、一八八八年の蓮潟村破堤、一九〇二年の西名柄破堤、一九〇三年の大友(八月八日)濁川(八月九日)赤谷破堤、一九〇五年の蓮潟新田破堤と記録はしるしているのである。

(2) 右修復の点

前記に述べたとおりである。

(3) 西名柄地区本件堤防そのもの

右堤防の本件破堤はいわゆる浸透破堤の機序をたどつたものであり、これを溢水破堤とする原判決の認定は事実を誤認したものである。仮に溢水があつたにしても、右小規模の溢水程度では本来持久すべきものが、それ以前の浸透による堤体の脆弱化のため一挙に崩壊するに至つたものであつて、本件破堤の重要な原因として河川水及び雨水の堤体への浸透を否定することはできないのである。

而して本件堤防には右浸透を防ぐべき手段が全く講じられていなかつた瑕疵がある。即ち浸透破堤を防止すべき盛土材料を選択せず、最も不適当な浜砂を単一使用し、又この盛土材料に適合した安全な断面形状と構造に設計施工せず、敷巾、裏法勾配も適切を欠いた上、裏法尻の水抜きフィルターもなく又表法面の処理及び被覆土の選択・施工も不十分なものである。

その他の管理瑕疵については、向中条地区堤防で述べた上告理由を援用する。

第六章 二七年計画未達成と管理瑕疵

一 二七年計画策定の経過

被上告人(一審被告)の主張によれば、加治川分水路完成後も、加治川本川姫田川合流点下流、洗堰間は、計画高水流量毎秒一、四四〇立方メートルで既改修区間であるけれども、その後の降水状況、中洲の発達による河床上昇等から河積の拡大と堤防補強をする必要があつた。

このような状況のもとに、戦時下の空白期間を経て戦後に至り、これらを改修して洪水防禦をせんとする気運が高まり、特に上流部の地元より河川改修の要望が大いにあつて、昭和二七年から中小河川改修工事を行うことになつたものである、とのことである。

右にいう「加治川本川姫田川合流点下流洗堰間は計画高水流量毎秒一、四四〇立方メートル」というのは、被上告人(一審被告)の自認するところによれば、昭和一一年以前からであり、同年以降は、戦争の影響か、これといつた改修工事は実施されていないという。

被上告人(一審被告)は、分水路完成以後大規模な水害が発生しておらず、加治川治水史上では最も安定した時代となつており、云々と主張しているが、前述のとおり、分水路完成後も水害は続発しており、分水路完成以降河床上昇による洪水の疎通能力低下が進行し、大規模な洪水の再発が憂慮されていたのである。

二七年計画は、右の経過を経て策定されたものであつて、決して安閑として放置してよい将来の計画ではなかつたものである。

二 二七年計画の具体的内容

被上告人(一審被告)の主張によれば、二七年計画は超過確率一〇〇分の一の日雨量を基礎にしたもので、当時としては極めて程度の高い計画であつたという。しかし、二七年計画が被上告人(一審被告)の主張のとおり「極めて程度の高い」計画であつたとしても、それゆえに、「一四年間何もしないでよい」ということにはならない。

一審被告は、二七年計画が程度の高いものであつたから計画の進行が遅れて完成が間に合わなかつたのではなく、計画をたてただけで殆んど何も実行らしいことをしてこなかつたのである。

二七年計画の具体的内容との関連で一審被告の怠慢を指摘する。

被上告人(一番被告)の主張によれば、大正九年八月から昭和三六年六月までの赤谷の既往日雨量は次のとおりであるという。

昭 七年七月  172.1ミリメートル

昭 九年七月  168.0

大一一年七月  154.0

昭二七年六月  146.0

昭一九年七月  134.4

大 九年八月  129.4

そして、被上告人(一審被告)は、右の最高値172.1ミリメートルに余裕をみて二〇〇ミリメートルを計画日雨量として毎秒一八二七立方メートルの最高水流量を算出している(二、〇〇〇立方メートルはこれに余裕をみたものであるという)。そして被上告人(一番被告)は、右の計算が余裕をみた程度の高いものであると主張しているが、現実に一七二ミリメートルとか一六八ミリメートルの日雨量が生起しているのであつて、これをそのまま二〇〇ミリメートルに単純比例させて計画高水流量を試算すれば、いずれも一、五〇〇立方メートル余となり、昭和一一年以前の加治川本川姫田川合流点下流の計画高水量一、四四〇立方メートルを超えているのである。即ち、二七年二、〇〇〇立方メートルの計画が実行されなければ、既往日雨量相当の降雨でさえ在来堤では防ぎきれない状況にあつたのである。地元民が強く改修を望み、被上告人(一審被告)が二七年計画を策定したのは、このためである。

以上のとおりであるから、二七年計画の内容は、実現を急がなくてもよい計画であつたわけでは決してない。

三 二七年計画の進捗状況

(一) 被上告人(一審被告)は、加治川の改修工裏を怠つていたものではなく、可能な範囲内でできるだけの努力をはらつてきたものであり、農業用水問題等があつたために、年々小洪水による氾濫災害を繰返していた姫田川合流点より上流部の改修工事を行うにとどまり、昭和四一年までに本件三地区を含む加治川本川の改修工事を施行するに至らなかつたものであるから、国及び県に河川管理上の瑕疵はない(一審最終準備書面一七〇頁)と主張する。

しかし、可能な範囲内でできるだけの努力をはらつてきたというが、現実に被上告人(一審被告)の実施してきた工事は

○合流点本川上流につき岡田間の河積拡大、左岸の山付堤の補強、右岸の引堤

○姫田川方面は坂井川上流点までの河伏整理や上流部のショートカットのみであり、その費用も昭和四〇年までに約二億七、〇〇〇万円程度にすぎなかつた。昭和四二年度までの加治川改修がいかになおざりにされてきたかは、被上告人の提出した「昭和二一年度以降新潟県所管中小河川改修事業費推移表」(最終準備書面一八頁)を見れば一目瞭然であり、特に昭和二七年から昭和三八年頃までは他河川と比較して格段に低位に終始している。

(二) 被上告人は、加治川改修全体計画を作成したというが、その計画の具体的内容は今まで明らかにせず、「工事実施基本計画」も作成していないことを認め、毎年の年度実施計画について建設大臣の認可を受けていると主張するが(最終準備書面一六三頁)、その内容はこれを明らかにしない。右の被上告人の対応は、二七年計画というものがその具体的内容を何ら検討されないままに放置されたことを特語つており、もともと実施に移しうる何らの準備もしていなかつたものと考えられるのである。

(三) 被上告人(一審被告)は、二七年計画の実施には農業用水問題解決の必要があつたところ、内の倉川に利水ダム建設の計画が策定されたのでその実現を待つこととした、と主張している。しかし内の倉ダムが計画されたのは昭和三九年一二月に至つてからである。それ以前の一二年間の空白期間は弁解の対象にし得ないことは明らかである。その他堤防の桜の問題など本件水害後二七年計画未実施の怠慢を指摘されてから主張し始めた弁解のための弁解にすぎない。

四 二七年計画の未達成と本件水害

一審判決は二七年計画未達成と八・二八水害との因果関係なしとして、一審原告の瑕疵の主張を排斥した。しかし、一審原告が控訴理由において詳細に主張したように、二七年計画が達成されていたならば、七・一七水害の際向中条西名柄の破堤はあり得なかつたものであり、右の破堤がなかつたならば八・二八洪水時には他の堤防個所と同様にして向中条、西名柄も破堤を免れ得たはずである(かりにいずれかの地区で破堤が生じたとしても向中条、西名柄の両地区が先に破堤すると推定すべき何らの根拠も存しない)。

さらに、一審被告提出の資料にあらわれた八・二八洪水時の推定流量は、中安式で二、八〇〇トン、貯留関数法で二、九〇〇トンであるが、これはいずれも洪水後の計再高水流量算出のために算出要素を大めにみた計算であり、本件吉川鑑定によれば、八・二八水害で向中条の基準点二五点で一、六二〇トンの推定であるから右いずれの流量も二、〇〇〇トン計画の堤防においても通常付加さるべき余裕高の範囲内に充分おさまる流量であつて、溢水はあり得ないのである。

五 計画未達成により生じた被害の救済

上告人らは、二七年計画未達成について論じたのは、それによつて生じた被害の救済を求めるためであつて、将来にわたつて右計画を達成すべきことを求めたのではない。既に損害賠償法理は損害の公平分担の観点から判断されるべきものであることを詳細に述べた。この法理からみるならば、二七年計画未達成の原因が仮に農業用水問題にあつたとしても、むしろそれならば一層のこと、向中条・西名柄の両地区の被災住民にだけその損害を受忍させるのは公平に反するといわざるを得ない。

第七章 財政制約論批判と憲法違背論《省略》

第八章 審理不盡論《省略》

第九章 弁護士費用の弁済期の解釈の誤り《省略》

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